「対馬丸記念館」学童疎開船の悲劇を伝える那覇市の平和記念館

このページを保存して
沖縄旅行を楽しんで下さい

最大15%オフ 美ら海水族館チケット購入は

対馬丸記念館は、太平洋戦争中に起こった対馬丸事件を後世に伝えるために、沖縄県那覇市に設立された施設です。

学童疎開船「対馬丸」が米潜水艦の攻撃を受けて沈没し、多くの子どもたちが犠牲となったこの悲劇を学び、平和の大切さを考える場として、多くの人々が訪れています。

那覇市の観光地「波の上ビーチ」の近くにあり、那覇空港からもアクセスが良好です。

対馬丸記念館の特徴

対馬丸記念館は、1944年8月22日に発生した「対馬丸事件」を語り継ぐために、2004年に開館しました。館内では、対馬丸が撃沈されるまでの経緯や、犠牲者の氏名、生存者や遺族の証言を展示しており、当時の学校の教室や船内の復元模型、遺影や遺品などが見られます。また、映像資料やガイドブックを通じて、訪問者は当時の状況を詳しく学ぶことができます。

建物の外観は、対馬丸の船体を模したデザインになっており、館内は2階から見学を始め、船倉に下るような構造が特徴です。記念館に隣接する旭ヶ丘公園には、犠牲者の慰霊碑「小桜の塔」もあり、犠牲者に祈りを捧げることができます。

対馬丸記念館の基本情報

住所沖縄県那覇市若狭1-25-37
電話番号098-941-3515
営業時間9:00~17:00(最終入館16:30)
休館日毎週木曜日、年末年始
入館料大人500円、中・高校生300円、小学生100円
駐車場松山公園駐車場(コインパーキングあり)
アクセス那覇空港から車で約15分、ゆいレール「県庁前駅」から徒歩約18分

対馬丸記念館までのアクセス方法

対馬丸記念館は、那覇空港から車で約15分の場所にあり、観光や旅行の合間に立ち寄りやすい場所です。ゆいレールを利用する場合、「県庁前駅」で下車後、徒歩約18分で到着します。また、那覇市内のバスも利用可能で、久米郵便局前バス停から徒歩約8分です。車で訪れる場合は、松山公園の駐車場を利用できます。

対馬丸記念館の魅力

対馬丸記念館の最大の魅力は、戦争と平和について深く考えることができる展示内容です。特に、犠牲となった学童たちの遺影や遺品、生存者の証言を通じて、戦争の恐ろしさや無念さを感じ取ることができます。また、記念館の周囲にある自然豊かな旭ヶ丘公園で、慰霊碑「小桜の塔」を巡ることで、対馬丸事件の悲劇を感じつつ、平和への思いを強く持つことができるでしょう。

夜には、館内が静かにライトアップされ、幻想的な雰囲気の中で展示を見ることができる時間帯もあります。対馬丸記念館では、平和教育の一環として、修学旅行や平和学習のプログラムも行っており、若い世代に戦争の教訓を伝える重要な施設となっています。

対馬丸記念館へ行くべき理由

対馬丸記念館は、沖縄を訪れる際にぜひ訪れてほしい場所です。沖縄は、美しい自然と観光地だけではなく、戦争の痛ましい歴史を持つ場所でもあります。この記念館では、戦時中に起こった悲劇を通じて、戦争がどれほど残酷で、平和がいかに大切かを実感することができます。未来を担う世代に、戦争の悲惨さと平和の大切さを伝えるために、ぜひ訪れてみてください。

対馬丸記念館の文化や歴史

対馬丸記念館は、1944年8月22日に発生した「対馬丸事件」を忘れないために建設され、沖縄の戦争の記憶を後世に伝える重要な役割を果たしています。この事件は、太平洋戦争中に日本本土への疎開を命じられた沖縄の学童や民間人が、疎開船「対馬丸」に乗っていた際に、アメリカ軍の潜水艦による魚雷攻撃を受け、船が沈没した悲劇です。犠牲者の多くは学童であり、この事件は沖縄戦の中でも特に痛ましい出来事として記憶されています。

対馬丸事件の背景と詳細

1944年、戦局が悪化し、サイパン島が陥落すると、日本本土への空襲が激化しました。その結果、政府は沖縄の非戦闘員である老人、女性、子どもたちを疎開させる決定を下します。対馬丸には、主に那覇の国民学校に通っていた学童約800人を含む約1,800人が乗船し、沖縄から長崎へ向かう途中、鹿児島県悪石島付近でアメリカ海軍の潜水艦「ボーフィン」の魚雷攻撃を受けました。学童たちは修学旅行のような気分で船に乗り込んでいましたが、一瞬のうちにその命は奪われ、犠牲者数は1,484人に及びました。

この時の対馬丸は、兵員輸送などの軍事目的で改装されており、船の設備は疎開者向けには整備されていませんでした。さらに、救命装備が不足していたり、船の構造上避難が困難な状況が重なったため、多くの人々が逃げることができず命を落としました。疎開船には軍艦による護衛もありましたが、魚雷攻撃を受けた後、その場での救助活動は行われず、対馬丸は沈んでしまいます。この事件によって、乗船していた学童の多くが犠牲となり、わずか59名の子どもたちが生還したと言われています。

対馬丸事件の影響と遺族の活動

戦後、この事件は緘口令(かんこうれい)が敷かれ、当時の詳細は長く語られることはありませんでした。戦争が終わり、事件の犠牲者の遺族や生存者たちは、対馬丸事件の記憶を残すための活動を始めました。1953年には、波之上護国寺に犠牲者を弔う「小桜の塔」が建立され、遺族会が発足。対馬丸に関する資料の収集や、遺族の証言をまとめる取り組みが行われました。

その後、事件から約60年が経過した2004年8月22日、対馬丸事件の記憶を未来へつなぐために「対馬丸記念館」が開館しました。この記念館は、沖縄戦の中でも特に子どもたちの犠牲が大きかった対馬丸事件を通じて、戦争の悲惨さや平和の尊さを語り継ぐ場として設立されました。

対馬丸記念館の展示内容

対馬丸記念館は、対馬丸事件の全容を伝えるために、当時の状況を忠実に再現した展示が行われています。館内には、学童疎開の背景や、対馬丸の航海の様子を紹介する模型や映像資料、犠牲者の遺影や遺品が展示されており、訪れた人々に事件の悲惨さを伝えています。また、生存者や遺族の証言を基にした展示もあり、戦争という過酷な時代の中で多くの命が奪われたことを学ぶことができます。

記念館の設計も、対馬丸への乗船を模しており、2階から1階にかけて展示を見学する順路は、船の船倉へ下りるような構造になっています。このデザインは、当時の学童たちが体験した疎開船の状況を追体験できるよう意図されています。また、館内には、天皇陛下(当時の明仁天皇)が詠んだ御製(ぎょせい)が掲げられており、事件の悲劇がいかに日本全体に影響を与えたかを物語っています。

戦争と平和の教育施設としての役割

対馬丸記念館は、沖縄戦の記憶を後世に伝える平和教育の場として、国内外から多くの来館者を迎え入れています。修学旅行や平和学習の一環として訪れる学生も多く、戦争の実態を学ぶ貴重な施設として、次世代に戦争の教訓を伝える役割を果たしています。展示は、単なる歴史の記録ではなく、戦争の中で無残に命を失った子どもたちの姿を通じて、現代の私たちがいかに平和を守り続けるべきかを問いかける内容となっています。

また、館外にある慰霊碑「小桜の塔」も、犠牲者への追悼の場所として、平和への思いを新たにするために多くの人々が訪れています。毎年8月22日には、対馬丸の慰霊祭が開催され、犠牲者を追悼するとともに、戦争の悲劇を繰り返さないための平和の誓いが新たに立てられています。

まとめ

対馬丸記念館は、太平洋戦争中の学童疎開船の悲劇を学び、戦争の悲惨さと平和の尊さを考えることができる重要な施設です。

那覇市の観光スポットとしてもアクセスが良く、歴史を学びながら心に深く刻まれる体験ができるでしょう。沖縄旅行の際には、ぜひ訪れてみてください。

沖縄を楽しむなら お得な割引チケットをオンラインでGETしよう!

特集記事

沖縄 道の駅・直売所

道の駅・直売所 特集!

沖縄の道の駅や直売所は非常に人気が高い観光スポットとなっています。それぞれに特色があるので、 行く価値200%です!ぜひ遊びに行ってください

沖縄ビーチ

沖縄本島ビーチ特集!

沖縄本島には南国ならではの素敵なビーチがたくさんあります。超穴場からサービスの行き届いたエグゼクティブなビーチまでそれぞれわかりやすくご紹介

台風の沖縄

台風の沖縄

旅前や旅中で台風が接近した時に慌てずに対応できるよう、台風接近時に押さえておくポイントをまとめました。ぜひご活用ください。

おきなわランチ一押しスポット!